大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和62年(あ)549号 決定

本籍

大阪市東淀川区西淡路町一丁目二九六番地

住居

大阪府豊中市緑丘一丁目九番一三号

会社役員

岸廣文

昭和一九年四月二〇日生

本籍

大阪市阿倍野区阪南五丁目一六番地の一八

住居

同阿倍野区阪南五丁目一二番一〇号

印刷業

松崎繁昭

昭和一四年八月二五日生

右岸廣文に対する相続税法違反、松崎繁昭に対する相続税法違反、所得税法違反各被告事件について、昭和六二年三月二三日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人岸廣文の弁護人豊島時夫、同丸尾芳郎、同葛井久雄の上告趣意のうち、憲法一四条違反をいう点は、原判決は所論のような理由により量刑上不当に差別したものとは認められないから、所論は前提を欠き、その余は、違憲(八四条)をいう点を含め、実質は量刑不当の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当たらない。

被告人松崎繁昭の弁護人葛井久雄、同豊島時夫、同丸尾芳郎の上告趣意のうち、憲法一四条違反をいう点(上告趣意第一点の二)は、前記のとおり前提を欠き、その余は、違憲(一四条、三六条、三七条、八四条)をいう点を含め、実質は単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)

○上告趣意書

被告人 岸廣文

右の者に対する相続税法違反被告事件の上告趣意は次のとおりである。

昭和六二年六月二四日

弁護人 豊島時夫

同 丸尾芳郎

同 葛井久雄

最高裁判所 御中

はじめに

最近の東京地方裁判所、特に租税担当裁判所の判決は、事実認定、法律の解釈適用、量刑のいずれにおいても、刑事裁判の鉄則である謙抑主義を忘れているのみならず、アメリカとは全く国情が異なるから、同国の科刑部分のみを参考ないし基準とすべきでないのに、同国の科刑思考に同調するという誤りを冒かしている上、裁判所は我国の租税に関する歴史、現況等諸般の事実を正確に把握し、良識ある一般社会人の社会通念に従って判断すべきであって、裁判官自身の道徳観念を公準として社会を指導しようとしてはならないにもかかわらず、裁判官のように脱税を全くできない国民のごく一部分の人達の思考を基準として判断し、しかも、裁判によって脱税を一掃しようという気負いのもとに、脱税犯として訴追された脱税者のうちのごく一握りの者に対して、極めて不利益、過酷な判決をしている感を抱かざるを得ない。

本件においても、一審判決が認定した第二の事実は、検察官ですらその成立が困難と判断し、苦肉の策として詐欺未遂罪として起訴した事案であって、普通の刑事裁判官であれば到底認定することはない脱税の既遂を認定しているのである。

控訴審である原審は弁護人らの控訴によって右事実については無罪を言い渡したが、一審裁判所の判断は被告人の権利を守るべき裁判所として危惧の念に堪えない。

量刑についても同様であって、いまだかって、脱税額が一億円ないし約一億五千万円に過ぎず、同種の前科前歴もなく、捜査、公判段階において不当な争いもしなかった者に対して懲役刑につき実刑を課した例はないにもかかわらず、被告人らに懲役刑につき実刑を課し、控訴審も実刑を維持した。

恐るべきことである。

裁判所の判断には絶対的な権威が与えられている。

それだけに裁判所は謙抑主義に徹することが求められている。

いうまでもないが、最高裁判所は司法の最終機関であって、量刑についても全国的なバランスを考慮した判断をすべきものと期待されている。

本件についても、租税に関する諸般の事実、特に脱税についての実情、行政及び検察が脱税者のごく一部の者にしか脱税犯として追求していない事実等を考察してバランス感覚に富んだ判決をされ、裁判所が行政の追認機関に過ぎないのではないかとの近時の批判をはねのけて、独りよがりをする恐ろしい裁判所ではなく、国民が信頼し安心できる裁判所とする勇断をお願いしたい。

第一点

原判決には、憲法第八四条、第一四条に違反する違法があり破棄を免れない。

一、原判決は、公平、公正を基本理念とする租税法律主義に反するものであるから、憲法第八四条に違反する

現在の法制、脱税についての行政や検察の実務、社会一般の脱税状況、本件脱税額その他諸般の情況のもとで被告人らに対し、懲役刑につき実刑を課するのは、公平、公正を欠き、ひいて憲法第八四条の租税法律主議に違反するものであることについては原審における弁護人豊島時夫作成の弁論要旨に、るる説明してあるとおりであるからこれを添付し援用する。なお右弁論要旨は、次の憲法第一四条違反についても援用する。

二、原判決の量刑は、被告人らが同和部落出身者であるため不当な差別を加えたもので社会的身分、門地による差別を禁じた憲法第一四条に違反する。

被告人岸の脱税額は一億円足らずであり、被告人松崎についても約一億五、〇〇〇万円にすぎない。

被告人岸が他人の税金に関与したことはあっても、不正な関与でなく、本件と全く類を異にする。

被告人両名とも同種の前科前歴はなく、本件脱税事犯の調査、捜査、公判の各段階において被告人らはいずれも協力的で、不当な争いは一切していない。

被告人岸は、同被告人の利得額約八、五〇〇万円を超える一億五、四一〇万円を青山に返還した上、法律扶助協会に一、〇〇〇万円を贖罪寄付している。

被告人松崎は、その利得金一、〇〇〇万円を被告人岸を通じ全額返還している。

かような事実関係のもとで、これまでの相続税脱税事犯における量刑事例から考えれば、懲役刑につき執行猶予を付するのが当然である。

しかるに原判決は、まず、被告人岸について同被告人の少年時代の窃盗や、傷害事犯にかかる罰金刑をもって実刑理由の一つとしている。

脱税事犯については、全く罪種が異なる軽微な犯罪や、相当期間の経過した事犯、特に少年時代の事犯を悪性認定の資料とすることは通常あり得ないところであるにもかかわらず、これを被告人に実刑を課する資料とした原判決は、裁判に明示してはいないけれども、被告人が同和部落出身者であることをその実質的な理由としたものと考えるほかはない。

次に、被告人松崎につき、一審判決は同被告人に道路交通法違反の前科があることを実刑理由の一つとしていた。

原判決の量刑理由には右道路交通法違反の前科を明示してはいないが、右前科を量刑理由とすることが不当であるとも言っていないから、これまた実質的に実刑理由の一つとしたこと、これを理由としたのは被告人が同和部落出身者であることによることも明らかであろう。

このように、本来なら差別虐待に対する反動として、時に行過ぎることがあるのは「山高ければ谷深し」の諺にもあるとおり、世の常であって、被告人ら同和部落出身者に行過ぎがあったことは否めないが、かような場合はまず指導矯正により正常化を図るべきであり、刑事事件であれば検察庁において説示の上起訴猶予処分、裁判所においては執行猶予を付して警告するのが、国事当局者のとるべき方策であるから、本件においては被告人両名につき実刑を課すべき事犯ではないにもかかわらず、実刑を課したのは、被告人両名が同和部落出身者であることを実質的な理由としたものと解するほかはないから、この点について原判決は憲法第一四条に違反するのである。

第二点

原判決の量定が甚だ不当であって、これを破壊しなければ著しく正義に反する。

一、被告人岸は、脱税請負グループの一員ではない。

第一審判決は、その量刑の事情において「分離前の相被告人青山吉彦が相続税を不正に免れるため、同清水、同海老原及び同森岡を通じて被告人岸及び同松崎の脱税請負グループに接触し」と延べ、被告人岸らを「脱税請負グループ」と一方的に断罪している。

しかし、少なくとも被告人岸は、脱税請負グループと言うべき解放同盟芦本支部の一員ではない。

即ち、同被告人は電気工事の請負を業とする広洋電設株式会社の代表取締役会長及び不動産売買を業とする株式会社広洋の代表取締役をしており、相当の社会的、経済的地位を有する実業家である。

また、その収入も右広洋電設から月三〇万から四〇万円得ているので、被告人岸の経済生活は安定しており、犯罪である脱税請負を営利目的で職業的に行う必然性は全く存しない。

被告人岸は昭和六〇年一〇月一六日付検察官に対する供述調書(以下「検面調書」という)において、本件以前に二回税務署と交渉があること、昭和六〇年二月頃、女性の所得税について相談を受けて、「被告人松崎に言って所得税が安くなるように取り計らってやりました。」(第二項)と供述している。

しかし、右の行為は脱税工作といえるようなものではない。

即ち、税務署との交渉の一つは、大阪市内北新地のクラブ倒産に伴い被害者である債権者の代表として、債権回収のため税務署と交渉したものであり、いわば、債権者らの自衛策と目すべきであり、脱税とは全く関係のない行為である。

茨木税務署との交渉は「新地の女の子の所得が一、〇〇〇万とか、一、二〇〇万とかで店に聴くと一、五〇〇万円位の借金があるというので税務署に行って何とかならないかと交渉した」(原審第四回公判廷における被告人岸の供述)程度のものである。

昭和六〇年二月頃、女性(斉藤牧子と思われる)の所得税の相談を受け、被告人松崎に取り次いだのは事実であるが、それは、親しい知人から「私がかつて本当に世話になっていた管谷組の管谷政雄さん(故人)の嫁さんの知り合いということでしたので」断り切れずに右松崎に取り次いだものであり、報酬を目的とした行為ではなく、現実に一銭の利得も得ていないものである。

そればかりか、被告人岸には特別に税務に関する知識もなく、また、特別に税務当局に対して圧力をかけるほどの政治的力量や勢力も有していなかったものである。

第一審判決の第二、第三において、上田、亀山らが同和団体の勢力を背堂に税務当局にかけあっている状況を想起して被告人岸も同類と誤認している。

従って、同判決が被告人岸を「脱税請負グループ」とみなしているのは著しく妥当性を欠くと言わざるを得ない。

二、被告人岸の本件犯行加担の動機について

本件犯行を最初に企画したのは、青山吉彦とその母菊地キヨ及び同人の叔父にあたる清水文平である。

昭和五八年六月頃、青山吉彦は同人、妹章子らの相続税の申告手続を依頼していた税理士飯田義忠から自己と青山章子の相続税が合計約二億円以上になることを教えられ、同月頃、清水文平に相続税が安くなる方法はないものかと相談をもちかけたところ、右清水は右青山の脱税意図を巧みに誘導助長して、同人の脱税に加担し自らは親族という立場上、謝礼金は要求できないので、脱税に加担する第三者に支払う報酬のうち、いくばくかの金銭を利得せんと企てた。

そして、清水文平は昭和五八年八月頃、当時同人の下に出入りしていた海老原洪植に相談をもちかけたところ、同人はかねて税金を安くする仕事を仲介して、その報酬もしくは仲介料を得て金儲けしようと考えていた森岡洋に青山らの相続税の件を持ち込んだ。

昭和五八年七月下旬ないし八月上旬頃、森岡は海老原同席の下に横浜市で清水文平と直接接触し、青山らの相続財産が億単位であり、相続税額も多額にのぼることを確認したうえ、清水文平の税金を安くできる人を紹介してほしい旨の依頼に対し「税金を安くする人を知っております。紹介いたします。また後で海老原を通じ連絡することにいたします。」と「税金を安くする人」を紹介することを確認した(森岡洋の昭和六〇年一〇月一五日付検面調書第五項)。

注目すべきは、森岡が右清水文平の依頼を引受けた時点において、森岡は「被告人岸、同松崎の承諾は全く得ておらず、」紹介先についても被告人岸を念頭に入れてなかった点である。

即ち、森岡は、前同日付検面調書第五項において、「そして私は清水文平さんには松崎さんを紹介してあげようと思いました。私は、松崎さんに紹介することにより松崎さんがうまく手続きをとり脱税できた時点にはお礼をもらおうと考えておりました。」と供述していることから明らかな如く、森岡は本件犯行を企画した際、被告人岸のことは念頭においていなかったものである。

森岡はその後、被告人松崎と連絡をとり相続税の件について同被告人の承諾をとるが、昭和五八年八月二〇日頃、「松崎さんは広洋の相談役であり、岸さんがその広洋のオーナーであることから、清水文平さんや青山吉彦を松崎さんや岸さんに紹介しようと考え」(森岡の前同日付検面調書第七項)るに至り、青山吉彦、清水文平らを被告人岸に引き合わせ紹介したものである。

以上のとおり本件犯行は、青山吉彦の相続税をできる限り安くしたいとの企画に清水文平、森岡、海老原が乗じて、いくばくかの報酬あるいは仲介料名目に金員を利得しようとしてなされた犯罪であり、あくまで、青山、清水らよりもちかけられた犯行といわざるを得ない。

そして、森岡、海老原らは十年来親交があり、株式会社広洋などの代表取締役を務めるかたわら、ただ、部落解放同盟大阪府連合会のメンバーとしても有名である被告人岸を脱税工作に引き込み、自己の謝礼金を得る目的のために利用しようとしたにすぎないものである。

被告人岸は、森岡、海老原と十年来の付合いがあり、特に、森岡とは被告人岸が会長であるゴルフコンペの会「友広会」の会員であるところから毎月一回ゴルフのコンペをやったり、森岡もまた広洋の事務所に出入りするなどの親密な関係にあった。

一方、被告人岸は前述のとおり、解放運動のリーダーとして運動家のなかでも広く知られ、事業家としても社会的に信用があり、性格的にいわゆる親分肌であるため、被告人岸のもとに雑多な人間が出入りして、金銭の借受けや役所との折衡や種々な相談事が持ち込まれていた。

又、被告人岸をとりまく人間の中には、利権にありつこうとして同人を利用する目的で集まる人達もあった。

森岡、海老原から青山らの相続税の件が持ち込まれた時、被告人岸は「大勢の人を相手にいろんな相談事にのってあげたりしておりましたから」その一環として、余り深く考えずに軽率に青山、清水らの相談事に乗ることを承諾したものである。

被告人岸は前述のとおり、いわゆる親分肌のところがあり、頼まれたら嫌とはいえない性格と自分を頼って来た森岡、海老原の顔をつぶしてはいけないという配慮から、何らの見通しも成算もないのに脱税工作に加担することを承諾したが、自分には税法上の知識がほとんどないため、自分より少しは税務の知識があるように思える被告人松崎にその後の事務は一任した。

被告人岸が青山らの本件犯行に加担したのは、あくまで、森岡、海老原の顔をつぶさないためであり、直接に脱税による報酬を得る目的で加担したものではない。

いわんや、いわゆる脱税コンサルタントのように、納税者青山の重税感につけこんで、主導的に脱税を教唆し報酬を得ようとしたものではない。

少なくとも、被告人岸から報酬を要求した事実は全くなく、被告人岸は脱税の報酬を得ることを目的に本件犯行に加担したものといえず、本件犯行加担の動機は決して悪質なものとは言い難いのである。

三、第一審判決は「被告人岸らは相続税法一三条の規定を悪用して二億円の架空債務を計上することとしたうえ、税務調査に備えて右債務の配当の領収書を捏造し、更に、右青山らに対し虚偽の借用書の作成を指示したうえ、情を知らない税理士をして青山の相続税の申告をさせて九、一五四万円余をほ脱したというものであり・・その犯行態様は計画的かつ巧妙で」あると断じている。

しかし、第一審記録を一見して明らかな如く、本件犯行ほど粗雑で、無計画、拙劣な犯行は、脱税犯としては他に類をみないのではないかと思われる。

当弁護人らの目からみれば、一体、被告人岸らは本気で脱税できると考えていたのか疑問に思えるほど杜撰な「脱税工作」といえる代物である。

まず、株式会社広洋から亡青山藤吉郎への二億円の架空貸付と借用書の作成についてであるが、亡藤吉郎は生前多くの不動産を所有していたにも拘らず物的担保もとらず、二億円もの大金を貸付けること自体が不自然である。

そして、被告人岸は株式会社広洋の帳簿に右二億円の貸付金や架空の配当金合計一、二〇〇万円を記帳せず、又、法人税の申告に際しても、申告していないというのであるから、税務署において関係人である株式会社広洋の税務調書をやれば、虚偽であることが発覚することは容易であるのに、被告人岸は全くそれに気付かず本件犯行に加担したものである。

現に、特別国税調査官として、青山事案(亡藤吉郎にかかる相続税事案)を調査した加藤一郎は、資料収集を開始して間もない段階で不審を感ずるようになったと述べ、その理由として「広洋は法人税の申告はしていたものの、その貸付金の内訳書には藤吉郎さんに対する二億円の債権の記載がなく、一方、上田という人については所得税の申告がないことがわかりました。」(加藤の昭和六〇年一〇月一九日付検面調書第四項)と供述し、広洋の亡藤吉郎に対する二億円の債権、上田徹の三億円の貸金、青山吉彦の上田徹に対する二億三千万円の保証債務金は、全て架空のものであると見破られているのである。

又、亡青山藤吉郎の相続財産をめぐっては、青山浩を中心とするいわゆる先妻グループ七名と青山吉彦を中心とする後妻グループ三名との間に対立があり、先妻グループは山内税理士、後妻グループは飯田税理士に依頼して、それぞれ相続税の申告を偽したが、先妻グループから提出した申告書には広洋からの二億円と上田からの三億円のいずれの債務についても記載が全くないのに、後妻グループのそれには多額の債務が計上されていること自体極めて不自然であり、税務署に右債務は架空であることを自白するようなものである。

被告人岸も関与した二億円の架空債務による「脱税工作」は、「脱税工作」といえる代物ではなく、その手口は極めて幼稚単純であり素人にも見破られてしまっている。

即ち、先妻グループである長男青山浩は昭和五八年八月二七日頃、相続税の申告を依頼している山内税理士から初めて父の二億円の借金の件を聞いたが、父が生前そんな大金を必要としないし、中里の家にも相談していないこと、無担保であること、株式会社広洋という名前も聞いたことがないことなどから、「吉彦は本当に架空の借金をでっちあげるというとんでもないことをやったなと思いました。そこで私達はその二億円の借金は吉彦がでっちあげた架空のものに違いないと考え、山内先生にそんな借金はしないように言い、この借金は申告しませんでした。」(青山浩の昭和六〇年一〇月六日付検面調書第九項)と述べ、二億円の借金が吉彦のでっちあげであることを看破している。

以上述べたことにより明らかな如く、被告人岸らの本件犯行は「計画的かつ巧妙」というより、最も単純かつ幼稚な手段であり、計画性もなく極めて杜撰な犯行態様であるという。

四、第一審判決は、被告人岸は「青山らの脱税依頼に対し、なんら躊躇することなくこれを承諾し」と謳い、恰も被告人が脱税事犯を軽視している点を重要視している如くであるが、被告人らに部落出身に対する従来の差別虐待の反動として、いささか行き過ぎた点はあるにしても、何事にも動あれば反動があり、その振幅の過程において、いささかの行き過ぎがあることは歴史的にみても避けられぬところであり最近においてはその行き過ぎに対する反省も見られる上、これまで部落解放同盟のメンバーに対する税務当局の態度が従来の蔑視の裏返しとして軟弱に過ぎ、部落出身者の要求を安易に受入れてきた結果、被告人らをして脱税軽視の気運を醸成せしめて来たものであり、これらの責任の一端は実に税務当局そのものにあることを忘れてはならない。

昭和六〇年一一月二二日付読売新聞に

『「弱腰国税当局にも責任」として全日本同和会京都府市連合会の元幹部らによる「脱税コンサルタント」事件で、相続税法違反罪に問われた夫婦に対する判決公判で二一日京都地裁で森岡安広裁判官は「税務当局の同和団体に対する弱腰の姿勢にも責任の一端がある。断固として(税務行政に)臨んでいれば、この種の犯罪は起きなかった筈」と国税当局の対応を批判、二人に懲役四月、執行猶予三年、罰金五〇〇万円を言渡した。』

旨の記事の掲載されていることを明記すべきであり、税務行政の不始末を転化して被告人らを厳罰に処することは許されないと思料される。

五、第一審判決は、被告人岸の量刑の事情として、「青山の判示第二の相続税の更正請求や同第三の所得税の確定申告に関する一連の脱税工作においても、被告人松崎を関与させるなど、若干の関連性が窺われること」を考慮したとしている。

判示第二の相続税の更正請求や同第三の所得税の確定申告に関する一連の脱税工作については、被告人松崎や同上田、清水らの概括的行動については一方的に知らされていたが、本件違反の核心となる内容や事実については被告人岸に事前に相談があったわけでもなく、全く知らされていなかった。

即ち、被告人岸は当初、即ち、昭和五八年八月二三日頃、被告人清水、同森岡、同海老原、同青山らより相続税に関する脱税の相談を受けた際、相続財産約六億円より二億円を架空債務として差引くことを提案した。

さすれば、残り四億円に税金がかかるので、二億円分に対する税金が助かると言うことであるから、全く分り切った道理であり、被告人岸には此の程度の税務知識しか持ち合わせておらず、相続財産を全額を零とするとか、それ近くに迄削減すると言う厚顔さや露骨さはなかった。

唯、言えることは同人なら金二億円の資金があっても不自然でないと言う資力があり、真実らしく見えると言うことであろう。

当日同所で被告人松崎に「後はよろしく頼む」とすべてを一任したのも、右二億円を削減する範囲における手続きの依頼と解せざるをえない。

次に同日以後は、被告人岸は同松崎より情報を得る以外他の被告人森岡、同海老原、同清水、同上田らとは全く接触していない。

唯、一方的に右松崎より他の被告人の行動の概要を聞くのみで、新たな脱税に関する相談を受けたこともないので、勿論何らの指示もしていない。

判示第二の事実の更正の請求に方り、被告人上田が被相続人藤吉郎に対し、借入金三億円を架空工作する等の事実は、被告人岸において事前には全く預り知らない処である。

若し、仮に相談を受けたとしても、前記八月二三日頃における同人の採った処置に鑑みると、当然にこれを拒否していたであろうと思われる。

加えて、判示第三の事案の如く、所得税法第六四条の規定の悪用、即ち、被告人青山の所得税を免れるため、同人は被告人上田に対する二億三、〇〇〇万円の架空の連帯保証債務を計上するとともにその履行のため、被告人青山の土地を譲渡し、且つ、その履行に伴う求償権の行使ができなかったかの如く仮装する方法等の如き難解な方法について全く知らざるのみか、その様な所得税法上の規定の所在すら知らぬのであるから、被告人岸において此のような所得税削減の方策を指示したり賛同した事実は全くあり得ない訳である。

六、同判決は、被告人岸は「本件などにより約八、五〇〇万円もの高額な所得を得ており、これは共犯者中でも最高であるのみならず、本件における同被告人の地位、役割を物語るものである。」ことを考慮すると、同被告人の刑事責任は重いとしている。

しからば、同人が本件において約八、五〇〇万円もの高額な利得を得ている事実を何と見るべきかとの反論が出るであろう。

それに対する答えは次のとおりである。

同人は前述のとおり、判示第一の事実には明らかに主導的にこれに加担しているが、判示第二、第三、の事実については、これに加担したとの確たる証拠はない。

被告人松崎を通じてその概要の行動を聞くのみで、その核心的工作内容については事前にその片鱗も知らされていないのである。

従って、同人が判示第一の事実に関し、二億円の架空債務を工作し、相続財産を四億円とすれば、それに対する税金は三分の一ぐらいだから、一億三、〇〇〇万円ぐらいとなり、税金が七、〇〇〇万円ぐらい安くなると判断した(岸に対する昭和六〇年一〇月一一日付検面調書第四項)のであるから、報酬は儲けの半分ぐらいとすると三、五〇〇万円位は入手し得るものと胸算用したであろうと思われる。

昭和五八年一二月二三日頃、約三、〇〇〇万円を送られた時は、相当な報酬と思っていた。

しかるに、翌五九年一月一七日に至り、被告人松崎より更に八、〇〇〇万円を届けられたので、全く予想外に多額の金額に驚き、松崎に「こんなに貰ってもよいのか」と聞くと「心配せんでも大丈夫」という返事が返って来た。

納得出来ない多額の金員を受取るべきでないことは当然であろう。

然し、悲しいことには被告人等は不法行為による利得の分け前と心得ていたから納得しないまま、深く詮索することなく不用意にこれを受入れた嫌いがあると言わねばならない。

責められるべきは此の迂闊さでこそあれ、判決に言う「此の多額の報酬を以て被告人の本件の地位、役割を物語るもの」として重い形責の一因としているのは、余りにも過酷に過ぎるのではないか。

右当人が迂闊にも右八、〇〇〇万円を受け入れた裏には次のような裏事情があった。

即ち、

その前半の暮れに、北口洋八なる人物が金一億二、〇〇〇万円(大和銀行泉大津支店)の約束手形を振出期日に決算が出来ず、その友人被告人松崎より同人の責任において、同銀行に信用の深い前記岸に期日の支払の一日の延期の申入れ方を依頼し、同人がこれを引受け、その旨同行に申入れ、同行はこれを承知したが、遂にその決済が出来なかったので、銀行に口をきいた右岸において此の一億二、〇〇〇万円を入金した。

よって、右松崎がその責を負う立場になっていた時、全額八、〇〇〇万円が青山側より入手し得ることとなり、これを無用心に受入れたものであった。

七、被告人岸は青山から受取った報酬等のうち、森岡、海老原が返還すべき分を含めて一億五、四一〇万円を青山に返還し、既に被害は回復された。

被告人岸は青山から合計一億三、四一〇万円を報酬として受取り、そのうち荒木支部に八〇〇万円、海老原に五〇万円、森岡に五〇〇万円、上田、亀山らに二、三一〇万円、被告人松崎に一、〇〇〇万円、税理士決得伊三六に二一〇万円を渡し、自己は約八、五〇〇万円を受取ったが、そのうち、上田らの上京に要する経費として約二、〇〇〇万円が費消されていたため、被告人岸の本件犯行による利得は約六、五〇〇万円であり、これを会社の運転資金に流用していた。

被告人岸は、本件犯行について自己の責任を痛感し、被告人松崎を除く他の共犯者らは既に謝礼金を費消しており、返還する資力がないので、被告人岸が分配した前記金額および森岡、海老原が青山から直接受取った金五、〇〇〇万円も含め、合計一億八、四一〇万円を返還することを決意していた。

右被告人岸の意向を受けて原審弁護人が青山吉彦の弁護人と協議したところ、青山も被告人岸に多大の迷惑をかけたので、一億八、四一〇万円のうち、三、〇〇〇万円は辞退したで、被告人岸は昭和六一年一月二一日各弁護人を通じて青山に対し、一億五、四一〇万円を返還した。

これらの金銭は被告人岸が長兄の株式会社岸組社長岸正見に保証してもらい大和銀行新大阪駅前支店から借受けたものであり、内金一、〇〇〇万円は被告人松崎が自分で調達し、被告人岸に返還したものである。

青山吉彦、青山章子、菊地キヨは昭和六一年一月二七日、右返還金を源資として町田税務署に対し、各人の相続税、所得税の本税を完納した。

更に、被告人岸は本件により二ケ月余の勾留中、本件犯行について深く後悔、反省し、その改悛の一つの表れとして、社会に少しでも役立ちたいとの気持から昭和六一年一月二四日財団法人法律扶助協会に対し、刑事贖罪金として金一、〇〇〇万円を出した。

このように本件犯行による被害は既に補填され、一旦破られた国家の徴税権に対する侵害も十分に回復されており、さらに、本件が新聞その他で大きく報道されたことから、一旦破られた国家法秩序は従前以上の威信をもって回復されているものであり、そのような時になお、被告人岸に過酷な実刑判決をもって臨む必要性は全くないものと思料するものである。

八、本件犯行によるほ脱額、ほ脱率からみても、被告人岸を実刑判決に処した第一審判決は著しく不当である。

被告人岸の本件犯行による相続税ほ脱額は、九、一五四万円であり、そのほ脱率は四八%であることは明白である。

そして、被告人岸は前述のとおり第一審判決判示第二、第三の犯行には全く関与していないし、起訴されてもいないのであるから、たとえ判示第一乃至第三の犯行を併せた「ほ脱税額の合計は二億四、五〇〇万円余と高額であり、ほ脱率も相続税法違反が第一と第二を合算すると約九パーセント、所得税法違反も土地の長期譲渡税については一〇〇パーセントといずれも高率であ」ったとしても、被告人岸とは無関係であるから、被告人岸の量刑を定めるにつき、右ほ脱額、ほ脱率を考慮することは著しく不当であるといわざるを得ない。

そうすると、税のほ脱額、ほ脱率からみる限り、被告人岸程度の犯行につき同種前科がなく執行猶予中でもない場合は、懲役刑を選択し、しかも実刑判決を科した判例は他に類をみないのではないかと思料する。

そればかりか比較的高額のほ脱事件について罰金刑のみを選択した東京高等裁判所の判例がある。

一つは、東京高裁昭和五一年一二月一五日第一刑事部判決(判例タイムズ三四九号二六三頁以下)での華道草月流家元の所得税法違反事件である。

右事件は、華道草月流の家元である被告人が多数の門下生らから納入された証書料の一部を所得税確定申告における被告人の所得から除外し、これに対応する昭和四二、四三年度分所得税をほ脱した事案であり、そのほ脱税額は二年分で合計三億四四六万五、二〇〇円に達する極めて多額なものであたが、第一審の東京地裁第二五刑事部(昭和四七年四月一七日)は罰金刑のみを選択し、被告人を罰金一億円に処した(判例時報六七六号)。

これに対し、検察官、弁護人の双方から控訴の申立が為されたが、前記東京高裁判決は双方の控訴を棄却し、右罰金刑は確定した。

ついで、東京高裁昭和四六年八月一〇日第八刑事部判決(最高裁刑集二七巻二号一五七頁)も、多額の税法違反事件について罰金刑のみを選択した。

右事案は昭和三八年と同三九年度分の所得税合計二、三〇二万余円をほ脱したものであるが、第一審の横浜地裁(昭和四五年九月二五日判決)は、被告人を懲役六月(執行猶予二年)および罰金二〇〇万円に処し、弁護人が控訴を申立てたものである。

これに対し、前記東京高裁判決は職権に依り原判決の量刑の当否に関し調査して「原判決の量刑は仮令執行猶予付とはいえ、懲役を併料した真に於いて過重、不当の嫌いが有り、原判決はこれを破棄しなければ明らかに正義に反すると認められる。」として、原判決を破壊し、被告人を罰金四〇〇万円に処した。

本件は事案は異なるが、これらの東京高裁判決に照らせば、被告人岸を懲役一年の実刑に処した第一審判決の不当性はおおうべくもなく明らかである。

九、被告人岸は少年時代に前歴があるが、成人してからは罰金刑に二度処せられたことがあるだけであり、正式の裁判を受けるのは今回が初めてである。

被告人岸は兄岸正見、岸正明の経営する一般建築請負を業とする株式会社岸組で真面目に働いていたが、昭和四九年電気工事の請負を業とする岸経営企画株式会社(昭和五二年広洋電設株式会社に社名変更)を、昭和五六年に不動産売買を業とする株式会社広洋をそれぞれ設立して両社の代表取締役となり、実業家として着実に力を蓄えてきつつある。

一方、被告人岸は部落解放運動にも貢献しており、昭和四一年から同四七年までの間、部落解放同盟大阪府連合会日の出支部の青少年対策室長、支部副支部長として、地元の少年の非行防止や部落差別問題に真剣に取り組んできた結果、現在ではその活動が評価され運動家の間では有名となっており、今も出版活動などを通じて部落解放に尽力しているものである。

被告人は家庭にあっては善良な夫であり、三人の子供にとっては精神的、経済的主柱となり、真面目で円満な家庭生活を営んでいるものである。

被告人岸は本件によって逮捕、勾留され、そのことが新聞その他に大きく報道されたことにより、四二年間にわたり築きあげた経済人としての社会的信用と解放運動家としての名声を一挙に失ったと言っても過言ではなく、既に本件についての社会的制裁は充分に受け、罰の償いは果たしていると思料する。

更に、本件による二ケ月余の勾留中、被告人は本件犯行加担につき深く反省、後悔し、改悛の情の一端を表わすため法律扶助協会に多額の寄付を拠出している。

本件による保釈後、被告人岸は妻栄子と共に反省し、これから成長する三人の子供のためにも、二度と再びこのような過ちを繰り返さない旨を誓約し、一生懸命その事業に打ち込み、更生の道を力強く歩み出しており、被告人岸が敬愛する第一審における証人も同被告人の更生を温かく見守り、充分に指導、監督している。

このような現状を見る時、被告人岸においては、同種犯罪は勿論のこと、再犯を犯すおそれは全くないと思料する。

第一審判決はこのように自力更生の道を着々と歩んでいる被告人岸に過酷にも実刑判決を料し、被告人岸の自力更生の道をふさいだばかりか、岸の家族らの家庭的社会生活を一挙に破壊したと言っても過言ではない。

このような被告人岸に対し、なおかつ、実刑判決をもって報いることは、昔日の応報刑思想の現われ以外の何ものでもなく、被告人のような経歴、環境の持ち主を刑務所へ送り込むことは、被告人の更生改善に資するどころか、かえってマイナスの要因の方が強く働くと考えられる。

以上のような、諸点を考慮するならば、被告人岸を懲役一年に処した第一審判決をそのまま容認した原判決がいかに不当なものであるか明らかとなるのであって、原判決は刑の量定が不当であり、刑事訴訟法第四一一条二号の事由があることは明らかである。

○ 上告趣意書

被告人 松崎繁昭

右の者に対する所得税法違反被告事件の上告趣意は次のとおりである。

昭和六二年六月二四日

弁護人 葛井久雄

同 豊島時夫

同 丸尾芳郎

最高裁判所 御中

はじめに

最近の東京地方裁判所、特に租税担当裁判所の判決は、事実認定、法律の解釈適用、量刑のいずれにおいても、刑事裁判の鉄則である謙抑主義を忘れているのみならず、アメリカとは全く国情が異なるから、同国の科刑部分のみを参考ないし基準とすべきでないのに、同国の科刑思考に同調するという誤りを冒かしている上、裁判所は我国の租税に関する歴史、現況等諸般の事実を正確に把握し、良識ある一般社会人の社会通念に従って判断すべきであって、裁判官自身の道徳観念を公準として社会を指導しようとしてはならないにもかかわらず、裁判官のように脱税を全くできない国民のごく一部分の人達の思考を基準として判断し、しかも、裁判によって脱税を一掃しようという気負いのもとに、脱税犯として訴追された脱税者のうちのごく一握りの者に対して、極めて不利益、過酷な判決をしている感を抱かざるを得ない。

本件においても、一審判決が認定した第二の事実は、検察官ですらその成立が困難と判断し、苦肉の策として詐欺未遂罪として起訴した事案であって、普通の刑事裁判官であれば到底認定することはない脱税の既遂を認定しているのである。

控訴審である原審は弁護人らの控訴によって右事実については無罪を言い渡したが、一審裁判所の判断は被告人の権利を守るべき裁判所として危惧の念に堪えない。

量刑についても同様であって、いまだかって、脱税額が一億円ないし約一億五千万円に過ぎず、同種の前科前歴もなく、捜査、公判段階において不当な争いもしなかった者に対して懲役刑につき実刑を課した例はないにもかかわらず、被告人らに懲役刑につき実刑を課し、控訴審も実刑を維持した。

恐るべきことである。

裁判所の判断には絶対的な権威が与えられている。

それだけに裁判所は謙抑主義に徹することが求められている。

いうまでもないが、最高裁判所は司法の最終機関であって、量刑についても全国的なバランスを考慮した判断をすべきものと期待されている。

本件についても、租税に関する諸般の事実、特に脱税についての実情、行政及び検察が脱税者のごく一部の者にしか脱税犯として追求していない事実等を考察してバランス感覚に富んだ判決をされ、裁判所が行政の追認機関に過ぎないのではないかとの近時の批判をはねのけて、独りよがりをする恐ろしい裁判所ではなく、国民が信頼し安心できる裁判所とする勇断をお願いしたい。

第一点

原判決には、憲法第八四条、第一四条に違反する違法があり破棄を免れない。

一、原判決は、公平、公正を基本理念とする租税法律主義に反するものであるから、憲法第八四条に違反する

現在の法制、脱税についての行政や検察の実務、社会一般の脱税状況、本件脱税額その他諸般の情況のもとで被告人らに対し、懲役刑につき実刑を課するのは、公平、公正を欠き、ひいて憲法第八四条の租税法律主議に違反するものであることについては原審における弁護人豊島時夫作成の弁論要旨に、るる説明してあるとおりであるからこれを添付し援用する。なお右弁論要旨は、次の憲法第一四条違反についても援用する。

二、原判決の量刑は、被告人らが同和部落出身者であるため不当な差別を加えたもので社会的身分、門地による差別を禁じた憲法第一四条に違反する。

被告人岸の脱税額は一億円足らずであり、被告人松崎についても約一億五、〇〇〇万円にすぎない。

被告人岸が他人の税金に関与したことはあっても、不正な関与でなく、本件と全く類を異にする。

被告人両名とも同種の前科前歴はなく、本件脱税事犯の調査、捜査、公判の各段階において被告人らはいずれも協力的で、不当な争いは一切していない。

被告人岸は、同被告人の利得額約八、五〇〇万円を超える一億五、四一〇万円を青山に返還した上、法律扶助協会に一、〇〇〇万円を贖罪寄付している。

被告人松崎は、その利得金一、〇〇〇万円を被告人岸を通じ全額返還している。

かような事実関係のもとで、これまでの相続税脱税事犯における量刑事例から考えれば、懲役刑につき執行猶予を付するのが当然である。

しかるに原判決は、まず、被告人岸について同被告人の少年時代の窃盗や、傷害事犯にかかる罰金刑をもって実刑理由の一つとしている。

脱税事犯については、全く罪種が異なる軽微な犯罪や、相当期間の経過した事犯、特に少年時代の事犯を悪性認定の資料とすることは通常あり得ないところであるにもかかわらず、これを被告人に実刑を課する資料とした原判決は、裁判に明示してはいないけれども、被告人が同和部落出身者であることをその実質的な理由としたものと考えるほかはない。

次に、被告人松崎につき、一審判決は同被告人に道路交通法違反の前科があることを実刑理由の一つとしていた。

原判決の量刑理由には右道路交通法違反の前科を明示してはいないが、右前科を量刑理由とすることが不当であるとも言っていないから、これまた実質的に実刑理由の一つとしたこと、これを理由としたのは被告人が同和部落出身者であることによることも明らかであろう。

このように、本来なら差別虐待に対する反動として、時に行過ぎることがあるのは「山高ければ谷深し」の諺にもあるとおり、世の常であって、被告人ら同和部落出身者に行過ぎがあったことは否めないが、かような場合はまず指導矯正により正常化を図るべきであり、刑事事件であれば検察庁において説示の上起訴猶予処分、裁判所においては執行猶予を付して警告するのが、国事当局者のとるべき方策であるから、本件においては被告人両名につき実刑を課すべき事犯ではないにもかかわらず、実刑を課したのは、被告人両名が同和部落出身者であることを実質的な理由としたものと解するほかはないから、この点について原判決は憲法第一四条に違反するのである。

第二点

同種事案の量刑につき、各地方の裁判所毎に、その地方の特殊事情を勘案して、多少の較差ができることは否めないとしても、明らかに差別的もしくは公平を欠く場合には、憲法一四条の法の下の平等に反すると云わざるを得ない。被告人の所為は、いわゆる同和団体の勢威を利用し、税務当局を圧迫し、税金を廉くする作業であるが、右のような行為が全国各地で多数行なわれていたが、そのうちの一部に対する行為のみが、税務当局から告発され、一部は起訴猶予となり、一部は起訴されている。すなわち、同和団体の勢威を背景とする多数の脱税犯のうち、起訴されているのは、氷山の一角にすぎないことは、周知の事実である。更に起訴された者について、京都地方裁判所は、同種事案脱税請負グループの一員の約七億円の加功に対し、自由刑につき執行猶予の判決を言渡し、右判決は確定している。

このように、被告人と同様の脱税工作をしながら、一部は告発すら免れ、一部は起訴を免れ、一部は執行猶予の判決を受けており、被告人らが累犯前科も同種の事案の前科がないのに、実刑判決を受けている。有罪判決であっても、執行猶予と実刑の各判決を比較すると、被告人の受ける衝撃度は著しく異なるのみならず、被告人にとって、服役するということは法律上はいうまでもなく社会的、経済的な不利益は重大である。このように、合理的な理由がないにも拘らず、ある地方の裁判所で、執行猶予付の判決をし、他の地方では実刑の判決をするということは、憲法の保障する、法の下での平等に反するのみならず、憲法三七条の公平な裁判を受ける権利をも害していると云わざるを得ない。

第三点

被告人は第一審以来刑事訴訟法を逸脱した手続によって、判決を受けている。

即ち、

(一)保釈手続について、この種の事案東京では、第一回公判までに保釈は許可されないという慣行があり、弁護人が保釈申請に際し、検察庁に面接し、検察官の意見を求めたところ、検察官は「検察官が保釈をダメだといったら裁判所は不許可の決定をする。」と豪語していたが、まさか裁判所がそのような判断をする筈はないと思って、保釈申請すると、検察官のいうように不許可となった。東京地方裁判所で保釈に際し、検察官が不許可の意見を出して、保釈の許可を出した事案はほとんどない実情であり、裁判所は保釈について、検察官にその判断を委ねている。

(二)第一回公判前の保釈が、望むべくもなく、やむなく第一回公判日に保釈決定を得るため、公判期日前に第一審裁判所に保釈申請し、担当の裁判官に面接をしたところ、第一回公判前に保釈をしない理由として、小泉裁判官は「弁護人から調書を同意する旨の契約書が出ていて、保釈を許可すると、第一回公判期日に当該弁護人が辞任し、別の弁護人が出廷し、調書を不同意にするという事案があるので第一回公判期日後に保釈の判断をする。」との事であった。更にその際公判回数、証人の数・被告人調・証人調の時間も事実上制限を受けた。そして第一回公判期日において、調書を全部同意し、前記制限をふまえた公判方針を守った被告人のみを保釈した。調書を一部不同意とした清水文平のみ保釈を許可しなかった点からみても、東京地裁の訴訟手続の方針が明白であろう。このように保釈の許可と引き換えに被告人調べ、証人調べが制限され被告人が言いたい事も言えず、立証したい事も十分出来なかったのである。

(三)更に、原審において、第一審の事実誤認・量刑不当を理由に控訴したにも拘らず、裁判所は証人調べの請求をすべて却下し、被告人調べのみを第一審判決以後の事実のみ尋問を許す旨の訴訟手続きをとり被告人の事件に対する主張・立証を封じてしまっている。

(四)このような一連となる第一審・原審の訴訟手続を肯認すれば、被告人の言いたい事を裁判所は全く聞かず、検察官の証拠のみで事実認定し、量刑を判断されてしまい、憲法の保障する法定手続の保障や公平な裁判等は絵に画いた餠になり、刑事訴訟法の死滅を招来する。

第四点

被告人の精神的身体的な病状から判断し、被告人を懲役一〇月に処する旨の判決は、憲法三六条残虐な刑罰に該当し、著しく正義に反する結果になる。即ち、憲法二六条の残虐な刑罰の禁止は刑罪を客観的に見て残虐なものだけを禁止するのではなく、通常一般人にとっては、残虐な刑罰でなくても、被告人の精神的・身体的な病状から判断し、当該刑罰を科すことが、残虐な刑罰となり得るのである。

即ち、

被告人は、先天的に脳動静脈奇型があり、それが原因で、てんかん発作があって、現在意識消失発作を含む多様な精神病状を呈していてその脳動静脈奇型は、徐々に大きくなり現在では、巨大化しており、常に破裂の危険がある。

また、右脳動静脈の奇型を治療しょうとすれば、手術による方法しかなく、手術をした場合にはその後遺傷害として意識傷害・四股の運動知覚麻痺・精神病状などが予想されており、被告人としては、手術に踏み切れない状態で現在一日三回の抗てんかん作用の薬を投与されていて、右投薬を一回でも怠ると、精神病状を呈するし、投薬を停止すると、てんかん発作が頻発する。

更に、能動静脈の破裂が常に予想されており、右破裂が生じたときは、早急に能動静脈奇型の切除手術が必要であり、大きな脳内腫の存在する場合は、可及的速かにまた血腫が非常に大きい場合は、直ちに血腫除去の措置をとる必要があり、このような措置がとれないときは、生命にかかる危険がある状態になる。

この様な被告人にたとえ一〇ケ月でも刑務所に服役させることは、残虐・非道であり裁判所には「人間の心」があるのかと疑いたくなる判決であり、破棄差戻しすべき事案である。

第五点

以上論述したとおり「保釈」を餌に被告人の口を封じた第一審の判決そしてそれを踏襲した原案が、第一審判決以後の事実しか立証を許されなっかた訴訟指揮にようる判決そして、一片の「人間の心」がない量刑であり、このような訴訟手続及び訴訟指揮並びにそれに基づく判決を是認すれば、刑事司法への信頼が無くなり、多くの良心的な裁判官によって築かれた裁判所に対する国民の信頼を根底から覆えす結果になるので、速かに破棄し、差戻しさせるべきである。

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